心が免疫系に与える影響(2)

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ライト氏の事例に続いて、もうひとつの驚異的回復の例です。これは免疫細胞療法(LAK療法)の開発者であるローゼンバーグ博士(米国国立がん研究所所長)が自伝的著書『ガンの神秘の扉をひらく―遺伝子治療の最前線から』に書いていることです。

博士が外科医を目指す研修医になったばかりのころ、がんの自然治癒の非常に珍しい例に遭遇したことで、臨床研究の道に進むきっかけとなった事例でした。ちなみにLAK療法の結果はあまり芳しいものではなく、博士も「がんワクチンでがんが小さくなる患者さんの割合は、ペプチドワクチン2%、樹状細胞ワクチン9%」と発表したそうです。これに関する記事がロハス・メディカルの『がん⑨ がんワクチンなぜ効くのか』に紹介されています。

さて、二人目の驚異的回復例はデ・アンジェロ氏。物語は、博士がアンジェロ氏のカルテを見たときに始まります。

カルテには、デ・アンジェロ氏が十二年前に、全身の不快感、極度の倦怠感、体重の減少、ひどい腹痛に苦しんで病院へやってきた時のことが詳細に記載されていた。飲酒量、喫煙量ともに多かった。週にウイスキーを五分の三から五分の四本飲み、タバコは毎日二箱も吸っていた。これを読んだ私は、デ・アンジェロ氏は頑固でやっかいな人物だったにちがいないと思った。しかし今はそうは見えない。十二年前の記録では、エックス線検査で彼の胃に大きな塊がみつかり、検査のための開腹手術が行われたとある。

カルテによると、執刀医はデ・アンジェロ氏の状態が命にかかわることを知った。患者の胃には握りこぶし大の腫瘍が一つ、肝臓にはそれより小さい腫瘍が三つあり、疑わしいリンパ節の硬化がみられたのである。これらはみな、進行したがんの典型的症状だった。執刀医の手術所見には、生検のための試料を病理学者に送ったこと、病理学者はがんの診断を再確認したばかりでなく、このがんがとくに悪性で進行が速いものであるらしいとつけ加えたことが記されていた。実際、腫瘍はすでに肝臓の一部を埋めつくしていたのである。

デ・アンジェ口氏の苦痛を緩和するため、執刀医は胃の三分の二とともに、いちばん大きな腫瘍を切除した。しかし、肝臓その他にある腫瘍は残した。それらを切除することはほとんど無益であり、手術台の上で患者の命を危険にさらす恐れがあったのである。がんは非常に広範囲に転移し、進行も急激だったので、それ以上の腫瘍切除は患者の延命に何の効果も期待できなかった。むしろ余分な手術の負担をかければ、彼に残された時間をより苦痛に満ちたものにしてしまう可能性があった。

診断からみる限り、デ・アンジェロ氏の症状は絶望的で、手術後数カ月で亡くなっても不思議はなかった。ところが五ヵ月後、経過観察のために病院を訪れた彼は、とても元気で体重も九キロ増え、仕事に復帰していたのである。

そして十二年後の今、彼はまたここにいる。

こんなことはありえないはずだった。医学と科学が手を結び、正確な診断を下せるようになって以来、何千万人ものがん患者のうちで胃がんが完全に自然退縮した例はわずか四例ーーーアメリカで四例ではなく、世界中で四例ーーしか報告されていない。デ・アンジェロ氏は、胃がんからの完全な自然治癒をはたしていたのである。

ローゼンバーグ博士は、すぐさま十二年前に書かれた病理学者の報告を調べた。当時の組織スライドがあって顕微鏡で見ることができたが、確かに間違いではなかった。デ・アンジェロ氏は本当に、ふつうなら致命的なはずの非常に攻撃的ながんに冒されていたのだ。今の彼の状態はと見れば、胆のうの切除が必要とのことだった。ローゼンバーグはこの機会をのがさず、デ・アンジェロ氏の腹部にかつてのがんの痕跡がないか調べてみた。その時のことを博士はこう書いている。

腫瘍は、触れれば簡単にわかる。正常な組織の手ざわりと違って強い弾力があり、密で、柔軟性がない。異質な物にさえ感じられる。この男性は、十二年前には肝臓にいくつも大きな腫瘍があったのだ。

だがそこには、何もなかった。

私は触診をくりかえした。どうにかして私の指が何かを見のがしたにちがいない。どこかの凹凸を。どこかの手触りの変化を。何らかの結節を。しかし何もなかった。まったく何もなかった。私はすっかり興奮し、急いで、しかし慎重に腸を調べた。リンパ節を求めて。何らかのしるし、とにかく何らかのがんのしるしを求めて。同じ場所を二度調べ、先輩の医師にも意見と指先の妙技を求めて、触診してもらった。

しかし二人とも、どこにもがんの証拠を見つけることはできなかった。


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この男性には、すぐにも命を奪うはずの、悪性で治療不可能のがんがあったのだ。彼は、この病院でも他の場所でも病気に対する治療を受けていないのだ。それなのに彼は治っている。

私は唖然とした。なぜ? この患者のからだは、がんを治してしまった。どうやって?

「なぜ?」というこの問いかけが、四半世紀もの間ローゼンバーグの心を占めていた。そしてこれが、免疫系がからだの自然なはたらきによって生じた老廃物や、進入してきた細菌やウイルスを破壊し、分子レベルのエラーを正して健康を守るはたらきに関する、革新的な研究を進める動機となったのである。

その間に、成長を正常に調節する働きをもつある種の遺伝子が、がんと呼ばれる無制限の成長に肉体の支配をあけわたす時、免疫系がいったいどのようにそれを認知するのかがわかってきた。ふつうなら、多くの免疫系にあるいろいろなタイプの細胞(キラー細胞など)が、過度に増殖するがん細胞にその時点で攻撃をしかけ、大きな腫瘍を形成する前に破壊してしまう。何がこの攻撃を起こすのだろう。簡単にいえば、免疫系のすべての細胞はサイトカインと総称されるさまざまな「伝達物質」によって情報伝達を行っていることが、今ではわかっている。ローゼンバーグは、このような伝達物質をより多く与えることで、患者の免疫系を強化する方法を発見したのである。

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