『「病は気から」を科学する』(3)

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これまで登場した科学者達は、プラセボ効果の限界として、

  1. 治療を信じる心が起こす効果は、体が持っている天然ツールに限られること
  2. 期待がもたらす効果は、特定の症状に限られること

を挙げて、

  • 自分ではわからない値に影響を及ぼすという証拠はほとんどなく、病気の根源的なプロセスや原因にかかわることはないらしい。
  • がん患者の臨床試験では、一般的に痛みと生活の質にプラセボが大きな効果を及ぼしはしても、プラセボ群内の腫瘍が小さくなったという患者の割合は低い(七件の試験のうちのある分析では二・七パーセント)
  • プラセボは、人がどんな状況にあっても元気でいられるように、なんでも叶える魔法を使うわけではない。
  • いくら治ると信じても、病気の背後にある生理学的な状態を変えることはできない

と考えている。しかし、果たしてそうだろうか。ジョー・マーチャントの探究の旅が続く。

科学者でさえほとんど知らないことがある。それは、条件づけがプラセボ反応も引き起こすことだ。
生理学的な条件づけに基づいたプラセボ反応は、多くの場合、意識的な期待に基づいた反応とは別に起こる。

医師が単純な条件づけ手法を利用すれば、プラセボ効果を高めることができ、しかも患者を騙す必要などないことを示唆している。 期待と条件づけを同時に利用することで、倫理的に問題のないプラセボの可能性が広がる。痛みやうつ病から、パーキンソン病やADHDといった病気に罹っている、世界中の何百万人もの患者の投薬量を減らせるかもしれないのだ。

しかし、条件反射の可能性に関しては、まったく新たな展望が拓けつつある。学習した無意識の結びつきの影響は、従来のプラセボ効果のように、自覚症状──ADHDの患者では集中力の欠如など──に制限されない。それは免疫系にも影響を与え、心が体の病気との闘いで武器になれるような経路をつくる。言い換えれば、心には感じ方や体の調子もよくする以上の能力がある。条件づけによって、生死の境を分けることになるかもしれない。

免疫系と脳はつながっていることを明らかにしたことで有名な、マウスにサッカリンを使った実験を紹介している。

一九七五年、ニューヨーク州ロチェスター大学の心理学者ロバート・アデルは「味覚嫌悪」について調査していた。

ラット群を使用し、サッカリンで甘味をつけた水を数回に分けて飲ませた。普通ならご馳走だが、この実験では甘い水と動物に吐き気を催させる注射を組み合わせた。その後、アデルはラットに甘い水だけを与えた。すると彼の予想どおり、ラットは甘味と吐き気を結びつけ、水を飲むのを拒んだ。

アデルはスポイトで無理に飲ませ、ラットが不快な結びつきを忘れるのにかかる時間を調べた。実験は適正に行われたはずだが、ラットに実際に起こったことは、まるで黒魔術だった。実験のこの段階でアデルが与えたものは、甘味をつけた水だけであり、薬はまったく入っていない。しかし、ラットの吐き気は治まらなかった。それどころか、次々と死んでいったのだ。

アデルはラットの死因を突き止めようと、吐き気を催させる薬をさらに詳しく調べた。それはサイトキサン(シクロホスファミド)という薬で、腹痛を起こすだけでなく、免疫系を抑制する作用があった。アデルが実験で使用した量は致死量よりずっと低いものだったことから、彼は斬新な結論を出した。条件づけをしたとき、ラットが学習したのは吐き気だけではなかった。甘い水をさらに与えたことが、免疫系の抑制も起こし、その結果、感染症で死んだのだ。

アデルの発見は驚くべきものではあったが、当初は受け入れられなかった。彼の大きな問題は、一九七〇年代には、免疫系の条件づけの仕組みについて説明できなかったことだった。彼は、脳と免疫系の間に情報のやり取りはないと思い込んでいた多くの免疫学者たちと対立した。

しかし、数年後、それが証明された。

インディアナ大学医学部の神経科学者デビッド・フェルテンは、神経が、主要な免疫臓器である脾臓や胸腺(白血球を作り、保存する場所)につながっていたことを発見した。それは、免疫系と脳は生まれつきつながっていることを示す明白な証拠だった。

「精神神経免疫学」として知られる研究領域が作り上げられた瞬間だった。

続けて、フェルテンのグループはそのつながりの複雑な関係を解明した。元々の神経のつながりはもちろん、神経伝達物質──脳が産生するメッセンジャー分子──の受容体が免疫細胞の表面にあること、さらにその細胞に情報を伝えることのできる新しい神経伝達物質を発見したのだ。そして、その通信網がどちらの方向にも向かうことに気づいた。ストレスなどの心理的要因をきっかけとして神経伝達物質が放出され、それが免疫反応に影響を及ぼすと同時に、免疫系から放出された化学物質が逆に脳に影響を及ぼす

ことが明らかになったのだ。

さらに進んで、免疫抑制プラセボ効果の研究結果もある。

研究者たちはマウスに、樟脳の匂いとナチュラルキラー細胞(がんと闘う働きのある一種の免疫細胞)を活性化させる薬の結びつきを覚えさせたあと、マウスの体に浸潤性腫瘍を移植した。移植後、条件づけしたマウスには薬を投与せず、樟脳の匂いだけを嗅がせたところ、免疫療法を受けたマウスより長生きした。ある実験では、条件づけだけを行い、実薬を投与しなかった二匹から、がんが消えていた。これらの研究が示唆しているのは、条件づけのみにより、ラットの免疫系を高めた結果、その命が救われたということだ。

心は免疫系のNK細胞に働きかけ、ときによっては腫瘍を消失させるほどの力もある。


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