エビデンスだけでがん治療ができるのか?(8)

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科学の知と臨床の知

近代科学の発展によって人類は多くの恩恵を受けてきた。航空機や新幹線のおかげで地球も日本も狭くなった。インターネットの発達で、個人でも世界に向けて情報の発信ができる。スマホはポケットに入る情報機器となり、生活になくてはならないものになった。医学の発達は多くの病気を克服し、人類の平均寿命は飛躍的に伸びた。

一方で、科学の粋を集めたはずの原子力発電所がいったん事故を起こせば、人の手には負えず、一瞬にして生活を奪われた多数の住民がいる。環境汚染や農薬による生物への影響も計り知れない。遺伝子組み換え作物による負の影響も無視できない。これらはがんの原因となり得るものであり、しかも医学の発達によってもがんは未だに克服されていない。

哲学者の中村雄二郎は『臨床の知とは何か』において次のように言う。(私なりの解釈で一部変更しています。)

「科学の知」によって「現在ではまだ未解決の問題があっても、やがては必ず科学によって解決されるものと考えられた」。それは「科学の知」が①普遍主義 ②論理主義 ③客観主義 という三つの原理を持っているからにほかならない。

普遍主義とは、事物や自然は全て量的なものに還元されるという立場である。ランダム比較試験(RCT)はその代表格だろう。論理主義とは、できごとは全て論理的な一義因果関係によって捉え、認識できるという立場である。客観主義は、事物や自然は扱う者の気分や感情に左右されずに、ありのままに捉えられるという立場である。

しかし、現実や自然から人間は手厳しいしっぺ返しを受けるようになった。社会的にも、精神的にも、危険に充ちたものになった。病や死に対する恐怖もいっそう大きくなった。そのような事態に対して、文明社会の人間は、およそ不用意であり、それに対処する知を欠いている。

「科学の知」が信頼されすぎ、独走した結果、それにうまく合致しない領域、曖昧さを残さざるを得ない領域を、正当に扱えなくなった。がん治療はまさにそうした分野である。

「臨床の知」は、それに対して①コスモロジー ②シンボリズム ③パフォーマンスを構成原理としている。コスモロジー(宇宙論的考え方)とは、できごとの一つ一つが有機的な秩序をもち、意味を持った領域と見なす立場であり、シンボリズム(象徴表現の立場)とは、物事には多くの側面と意味があると捉える立場であり、パフォーマンス(身体的行為の重視)とは、人間が行為を行うときは常に他者との相互作用の場で行うのであり、環境からの働きかけを受けつつ、行動するのである。

「科学の知は、抽象的な普遍性によって、分析的に因果律に従う現実にかかわり、それを操作的に対象化するが、それに対して、臨床の知は、個々の場合や場所を重視して深層の現実にかかわり、世界や他者がわれわれに示す隠された意味を相互行為のうちに読み取り、捉える働きをする」

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臨床の知は、直感と経験と類推の積み重ねから成り立っていると言える。

EBM=科学の知であり、NBM=臨床の知と捉えることができる。また、EBM=量的研究の分野であり、NBMは質的研究の分野であるとも言えよう。


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「エビデンス(科学的な根拠)がない治療法はダメ」と言うとき、RCTに代表される量的研究が積み重ねられた科学の知が唯一だという立場であるが、科学の知をもってしても未だにがんを克服することはできていないし、将来もできないだろう。

一方で、臨床の知、低用量抗がん剤治療に代表されるような、直感と経験と類推の積み重ねが、実際の医療の現場では行われており、もう治療法はありませんと言われた”目の前の患者”の残された希望となっているのである。

人間やがんのような「複雑系」を科学の知で捉えようとしても限界があるのに、エビデンス(科学的な根拠)にしがみついている立場の人たちは、個々の患者の具体的な環境を考慮しようとはしない。

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