プラシーボ効果は体内の「製薬工場」

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プラシーボ効果は体内の「製薬工場」

プラシーボ効果(プラセボ効果)とは、偽薬効果とも呼ばれており、本来は薬効として効く成分のない薬(偽薬)を投与したにもかかわらず、病気が快方に向かったり治癒することを意味します。

ハワード・ブローディは『プラシーボの治癒力―心がつくる体内万能薬』で、薬効のない薬を投与された患者の状態が改善したことに関して、次のように述べています。

彼らのケースすべてに共通する特徴があると思っている。それは、からだと連携して働き、治癒効果を高める心の神秘的な現象-プラシーボ反応である。ここで私が言っているのは、ある一連の状況(私はこれを「意味づけ仮説」と名づけるつもりだ)が存在するとき、病気の人は、初めのうちは説明がつかないように見えるが、とにかく症状が大いに軽減するということである。

プラシーボ反応について科学がこれまでに明らかにしたことを大ざっぱに理解するいちばんいい方法は、わたしたちの誰もが「体内の製薬工場」をもっていると想像することだと思う。

ジョー・マーチャントの『「病は気から」を科学する』の「第1章 偽薬─プラセボが効く理由」で次のように述べています。

セレクチンが自閉症を治す

自閉症の特効薬が発見されたと話題になった”事件”から始まります。

1996年4月、3歳の自閉症児パーカーは胃腸障害のために内視鏡検査を受けた。ところが、驚いたことにパーカーは一夜にして劇的な回復を見せ、ほぼ一年ぶりに、「ママ」「パパ」と言ったのだ。両親は息子の症状を変化させたのは、膵臓が適切に働いていることを確認するために投与されたセクレチンという消化管ホルモンだと確信した。

カリフォルニア大学アーバイン校の精神薬理学の助教であり、自閉症の息子アーロンを持つケネス・ソコルスキーも同じ治療を息子に受けさせて同じように改善した。メリーランド大学のホルバートが、三人目の少年にセクレチンを投与したところ、その少年も同じ反応を見せた。

彼の物語がNBCテレビの『デートライン』で何百万もの視聴者に向けて放映された。番組では、パーカーが人と交流する陽気な子どもになっていく映像を見せ、彼の進歩を耳にし、そのホルモン療法を試した他の親たちの証言を紹介した。それから数ヵ月間に二千五百名以上の子どもたちにセクレチンが投与され、成功談であふれ返った。

十数件の臨床試験が国中の病院に緊急委託された。子どもたちは、セクレチンを投与するグループと偽薬(プラセボ)を投与するグループの二群に分けられて、無作為化比較試験が行なわれた。

そして、小児科医サンドラーが実施した最初の臨床試験の結果が権威ある『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』誌に掲載されたが、結果は驚くほど悪いものだった。二群の間に有意差はなかったのである。

セクレチンが持つ可能性は、明らかに親たちが生み出した幻想だった。わが子のよくなった姿を見たいと強く願うあまり、心の中で想像したことだったのだ。こうして、セクレチンの物語は終わった。

有意差はなくても効果はあった。なぜ?

しかし、これで本当に終わったのだろうか?

サンドラーは、両群とも著しい改善を見せたという事実に、彼がどれほど衝撃を受けたかということを語った。有意差はなかった。しかし、両軍とも著しく改善していたのだ。

「セクレチンを投与された群も、生理的食塩水を投与された群も、治療に大きな反応を示したのです。子どもたちの症状は本当に改善していた。しかし、それはセクレチンとは無関係だった。

二つの群には統計的に有意さはなかった。しかし両群とも劇的に症状が改善した。何が原因なのか?

同じように、椎体形成術と呼ばれる有望な外科手術の臨床試験に参加したボニーは手術後、病院から出たとたん、具合がよくなった。それから間もなく十年になるが、ボニーは今も手術の結果に非常に喜んでいる。しかしボニーが知らないことがある。あの臨床試験に参加したとき、彼女は椎体形成術群に入っていなかった。彼女が受けた手術は偽物だったのだ。

ニセの手術でもセクレチンと同様に、効果の高い治療を受けたと信じるだけで、症状を緩和させ、いくつかの症例では消失させるのに十分だったらしい。

これがプラシーボ効果である。プラシーボ効果は強力です。

しかし、通常科学者や医師たちはそれを幻想や錯覚と見なすだけではなく、じゃまな存在だと考えています。

試験結果は、セクレチン、椎体形成術、どちらにも積極的な効果がないことを示している。つまり、根拠に基づく医療のルールに従えば、パーカーやボニーのような患者に起こった改善は価値のないものだ。

けれども、これほど多くの人たちの「改善した」という体験を退け続けていたら、実際に役立つかもしれないものまで捨てているのではないかと不安になる。すると、こんな疑問がわいてくる。プラセボ効果は壊すべき幻想ではなく、実際に臨床価値を持つ場合もあるのではないか──もし、そうなら、潜在的な危険のある治療に患者をさらすのをやめ、こちらを採用できないだろうか。言い換えれば、「病は気から」だ。「もうすぐ病気がよくなる」と単純に信じること。その思いに治癒力があるのではないか。

プラシーボ効果の限界

科学者達は、プラシーボ効果の限界として、

  1. 治療を信じる心が起こす効果は、体が持っている天然ツールに限られること
  2. 期待がもたらす効果は、特定の症状に限られること

を挙げて、

  • 自分ではわからない値に影響を及ぼすという証拠はほとんどなく、病気の根源的なプロセスや原因にかかわることはないらしい。
  • がん患者の臨床試験では、一般的に痛みと生活の質にプラセボが大きな効果を及ぼしはしても、プラセボ群内の腫瘍が小さくなったという患者の割合は低い(七件の試験のうちのある分析では二・七パーセント)
  • プラセボは、人がどんな状況にあっても元気でいられるように、なんでも叶える魔法を使うわけではない。
  • いくら治ると信じても、病気の背後にある生理学的な状態を変えることはできない

と考えている。

プラシーボ効果の探究の旅

しかし、果たしてそうだろうか。ジョー・マーチャントの探究の旅が続く。

科学者でさえほとんど知らないことがある。それは、条件づけがプラセボ反応も引き起こすことだ。
生理学的な条件づけに基づいたプラセボ反応は、多くの場合、意識的な期待に基づいた反応とは別に起こる。

医師が単純な条件づけ手法を利用すれば、プラシーボ効果を高めることができ、しかも患者を騙す必要などないことを示唆している。 期待と条件づけを同時に利用することで、倫理的に問題のないプラセボの可能性が広がる。痛みやうつ病から、パーキンソン病やADHDといった病気に罹っている、世界中の何百万人もの患者の投薬量を減らせるかもしれないのだ。

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しかし、条件反射の可能性に関しては、まったく新たな展望が拓けつつある。学習した無意識の結びつきの影響は、従来のプラセボ効果のように、自覚症状──ADHDの患者では集中力の欠如など──に制限されない。それは免疫系にも影響を与え、心が体の病気との闘いで武器になれるような経路をつくる。言い換えれば、心には感じ方や体の調子もよくする以上の能力がある。条件づけによって、生死の境を分けることになるかもしれない。

免疫系と脳はつながっている

そして、免疫系と脳はつながっていることを明らかにしたことで有名な、マウスにサッカリンを使った実験を紹介している。

一九七五年、ニューヨーク州ロチェスター大学の心理学者ロバート・アデルは「味覚嫌悪」について調査していた。

ラット群を使用し、サッカリンで甘味をつけた水を数回に分けて飲ませた。普通ならご馳走だが、この実験では甘い水と動物に吐き気を催させる注射を組み合わせた。その後、アデルはラットに甘い水だけを与えた。すると彼の予想どおり、ラットは甘味と吐き気を結びつけ、水を飲むのを拒んだ。

アデルはスポイトで無理に飲ませ、ラットが不快な結びつきを忘れるのにかかる時間を調べた。実験は適正に行われたはずだが、ラットに実際に起こったことは、まるで黒魔術だった。実験のこの段階でアデルが与えたものは、甘味をつけた水だけであり、薬はまったく入っていない。しかし、ラットの吐き気は治まらなかった。それどころか、次々と死んでいったのだ。

アデルはラットの死因を突き止めようと、吐き気を催させる薬をさらに詳しく調べた。それはサイトキサン(シクロホスファミド)という薬で、腹痛を起こすだけでなく、免疫系を抑制する作用があった。アデルが実験で使用した量は致死量よりずっと低いものだったことから、彼は斬新な結論を出した。条件づけをしたとき、ラットが学習したのは吐き気だけではなかった。甘い水をさらに与えたことが、免疫系の抑制も起こし、その結果、感染症で死んだのだ。

アデルの発見は驚くべきものではあったが、当初は受け入れられなかった。彼の大きな問題は、一九七〇年代には、免疫系の条件づけの仕組みについて説明できなかったことだった。彼は、脳と免疫系の間に情報のやり取りはないと思い込んでいた多くの免疫学者たちと対立した。

しかし、数年後、それが証明された。

インディアナ大学医学部の神経科学者デビッド・フェルテンは、神経が、主要な免疫臓器である脾臓や胸腺(白血球を作り、保存する場所)につながっていたことを発見した。それは、免疫系と脳は生まれつきつながっていることを示す明白な証拠だった。

精神神経免疫学」として知られる研究領域が作り上げられた瞬間だった。

続けて、フェルテンのグループはそのつながりの複雑な関係を解明した。元々の神経のつながりはもちろん、神経伝達物質──脳が産生するメッセンジャー分子──の受容体が免疫細胞の表面にあること、さらにその細胞に情報を伝えることのできる新しい神経伝達物質を発見したのだ。そして、その通信網がどちらの方向にも向かうことに気づいた。ストレスなどの心理的要因をきっかけとして神経伝達物質が放出され、それが免疫反応に影響を及ぼすと同時に、免疫系から放出された化学物質が逆に脳に影響を及ぼす

ことが明らかになったのだ。

さらに進んで、免疫抑制プラシーボ効果の研究結果もある。

研究者たちはマウスに、樟脳の匂いとナチュラルキラー細胞(がんと闘う働きのある一種の免疫細胞)を活性化させる薬の結びつきを覚えさせたあと、マウスの体に浸潤性腫瘍を移植した。移植後、条件づけしたマウスには薬を投与せず、樟脳の匂いだけを嗅がせたところ、免疫療法を受けたマウスより長生きした。ある実験では、条件づけだけを行い、実薬を投与しなかった二匹から、がんが消えていた。これらの研究が示唆しているのは、条件づけのみにより、ラットの免疫系を高めた結果、その命が救われたということだ。

心は免疫系のNK細胞に働きかけ、ときによっては腫瘍を消失させるほどの力もある。

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