善意の謀略

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新幹線の中で、音楽を聞きながらゆっくりと本を読むことができた。多田富雄さんの『寡黙なる巨人』である。その中でおもしろい話に出くわした。

サプレッサーT細胞の発見で世界的に知られる免疫学者 多田富雄さんは、詩人でもあり、能の作者でもある。その多田さんが2001年に脳梗塞に倒れ、右半身不随となった。嚥下障害もあり話すこともできない。多田さんはそんな悪条件に果敢に挑戦して、出版や原爆をテーマとした新作能「原爆忌」を創作するなどの活動を続けていた。その闘病の姿をNHKが取材してドキュメンタリー「脳梗塞からの再生」を放映したのだが、それを見た視聴者から励ましや激励の電話やメールが殺到したという。健康食品や民間療法を紹介した善意のものや、「免疫を高めるために・・・」と称して世界的な免疫学者に、万病に効くという商品の紹介まであったという。

電話が一段落すると、今度は直接訪問が始まった。突然訪問してきて居間に上がり込み、「この食品は免疫を高める効用がある、その作用は・・・・」という講義を延々と始める。

私は曲がりなりにも免疫学の専門家だ。素人の講義が間違っていることなど分かる。相手が善意でやっているだけに、追い出すわけにもいかず、しゃべれないから苦情を言い立てることも出来ない。ナンセンスな話を延々と聞かされることになる。

私は民間療法を馬鹿にしているわけではない。それを医療に取り入れるために、「補完代替医療学会」という学術団体も組織されている。私も去年、その学会長を務めた。
民間療法を含め、代替医療の治療効果は、個別性が高い。一人に効いたからといって、誰にも応用できるわけではない。ましてや万病に効くなどと信じるわけにはいかない。薬の効果には科学的検証がなされなくてはならない。そうした配慮のない善意の押し売りを、「善意の謀略」というそうだ。(「寡黙なる巨人」-善意の謀略から)

補完代替医療に対する私のスタンスは、患者に対しては「効果が感じられるのなら続ければ」である。しかし、それを提供する側に対しては「エビデンス(科学的な根拠)を示しなさい」だ。

がん患者に対して善意から「○○が効くそうよ」とか「あのひとが○○で治ったらしい。あなたも試してみたら」とか知人から勧められる。そんな話をよく聞く。幸いにして私にはそうした”善意の贈り物”はなかったが、中には入院中のがん患者のベッドに○○の現物を持って来て「試しに飲んでみたら? ダメ元で・・・」などと、不謹慎なことを言う見舞客もあるそうだ。

多くの代替療法は高額である。中には1ヶ月に数十万円もかかるものもある。「高価なものだから効果があるに違いない」と錯覚する。善意の知人は1ヶ月分を自分の小遣いで買って持参してくれるかもしれない。

患者の立場を考えて欲しい。せっかく持って来てくれたのだからと、勧められた○○を飲んだとしよう。そして幸いなことに彼のがんが進行しなかった、
あるいは体調が良くなったとしよう。彼は、自分のがんが良くなったのは病院での治療が効いたのか、あるいは勧められた○○が効いたのか分からなくなる。
○○を中止することは怖くてできない。死ぬまで○○を飲み続けなければならなくなる。

だから、善意でがん患者に○○の食品、がんに効くという○○を勧めるのであれば、当座飲むだけの量ではなく、一生涯飲み続けることができる量なり、お金を持参するべきである。そうできないのなら、これも「善意の謀略」と言うことができよう。

ある膵臓がん患者の例だが、ブログで紹介した治療法に対して相談を受けたので、善意でいろいろと情報を提供して、積極的に勧めたそうだ。しかし効果がなく、末期状態に。相手から「あなたが勧めた治療法で命を縮めた」と厳しい苦情の電話が来たそうである。

がん患者は「標準医療+α」を探している。しかし、医療は不確実性に充ちている。万人が納得する唯一の正しい選択肢などない。ましてや同じがんでもAさんとBさんでは遺伝子変異の数も箇所も違う。抗がん剤の副作用も人それぞれなのだから、誰にでも効く代替医療なんぞあるわけがない。


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厳しい現実に対して、ついつい患者会の集まりは+α探しの「代替医療相談」の様相を呈する。そこから先には「善意の謀略」が待っているのかもしれない。

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