代替医療はニセ科学か(4)

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マラリアの特効薬キニーネは、ペルー産の「キナノキ」という木の樹皮のエキスであり、17世紀頃からペルーインディアンにはよく知られていたらしい。

キニーネについては、ペルーインディアンに伝わる伝説がある。マラリアによる熱でふらふらとなった一人のインディアンが、山の中をさまよっていた。そのう
ち、よどんだ水溜りを見つけ、その淵に倒れこんでその水を飲んだ。ひと口飲んで見ると、水が苦い。よく見ると、そばにあった、当時は毒だと言われていたキナノキの樹皮で汚れていることがわかった。彼はこれで死ぬかも知れないと思った。しかし、喉の渇きをいやすことが最優先だった。彼は一気に飲んだ。でも命に別状はなかった。それどころか、逆に熱が下がり、元気が戻ったのである。彼は村に戻り、この奇跡的な回復のことをみんなに話したと言う。それから、ペルーのインディアンは、恐ろしい熱病(マラリア)にかかったら、キナノキのエキスを飲むようになった・・・

この例のように、現在有効だといわれている薬も、もとは土着医療だったものや植物由来の薬がたくさんあります。ですから代替医療・迷信だといって一概に否定はできないでしょう。

水俣病の例

先に紹介した本、「疑似科学と科学の哲学」では、”科学の社会への影響”の例として、ロシアにおけるルイセンコ事件と水俣病事件について分析している。ルイセンコ事件はおいておくとして水俣病事件と科学論の関係について紹介する。
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水俣病は熊本県水俣市にあったチッソ水俣工場の有機水銀廃液が原因と
なった公害病である。石牟礼道子の『苦海浄土 わが水俣病』によって日本中に知られるようになった。私は、桑原史成さんの衝撃的な写真集をみて、意識も奪われた人形のような少女、その瞳の純粋無垢な水晶のような輝き故に、公害病の残酷さを突きつけられた気がした。

1953年頃から水俣湾周辺の漁村地区を中心に、猫・カラスなどの不審死が多数発生し、同時に特異な神経症状を呈して死亡する住民がみられるようになった。多くの住民はチッソ工場の排出する毒々しい廃液が原因ではないかと疑っていたが、廃液と水俣病の因果関係を立証することができなかった。熊本大学医学部の研究班は、水俣病は重金属中毒だという推定の元に企業に協力を求めたが、廃液の提供すら拒否された。そのため原因の重金属を特定できず、マンガン説・セレン説・タリウム説などを提案したが、決め手を欠いていた。(後で分かったがこれらは見当外れの説だった) その間も廃液は流し続けられ、ほかに食べるもののない水俣の漁民は水銀を含んだ魚を食べ続けた。1959年になってイギリスのメチル水銀中毒を報告した論文が熊本大研究班の目にとまり、有機水銀が原因物質として疑われるようになる。研究班は患者の体内や海底の泥から有機水銀を検出し、水俣病有機水銀説を提案する。紆余曲折があり、1962年になってやっと研究班が工場廃液を入手して塩化メチル水銀を抽出した。しかし政府が水俣病を公害として認定したのは更に6年後の1968年であった。

水俣病の大まかな推移は上の通りであるが、正しい科学方法論をどのように定義するかにかかわらず、1959年以前の段階で「チッソ水俣工場の廃液が水俣病の原因である」と断定できるだけの証拠はなかった。人体や泥から水銀が検出された時点においても他の原因説(アミン説)などを排除するほどの強い証拠にはなり得なかった。したがって、この時点では「水俣病の原因は不明」とするのが科学的には合理的な立場だったということになる。水俣病の場合、排水以外に原因が考えられないと多くの人が気づいていたにもかかわらず、「科学的に立証されていない」ということで工場の操業を止めることができなかった。政府が何もしなかったために、たくさんの住民の一生を台無しにしてしまったのである。科学に基づかない一般的な感覚としては、チッソの廃液と水俣病の因果関係は十分明らかに見えたのである。写真集などで患者の悲惨な姿を知ると、こうした場合には科学的な合理性よりも社会的配慮を優先すべきではないかと考えたくなる。しかし一方で、チッソ工場の操業を止めることにすれば、工場の労働者が職を失うなどの社会的損失が発生する。

末期ガンで他の治療法がない患者に対して、「科学的でない」「エビデンスがない」ということで代替医療を非難することは、水俣病のことを考えれば、必ずしも正統な主張とは言えないだろう。しかし一方で、ほとんど効果のない治療法が蔓延することによってほんとうに効果のある治療が遅れてしまうなら、その社会的損失は計り知れないとも言える。科学的合理性と社会的合理性が、ここでも対立する。

代替医療と現代医療(正統医療)のすれ違いは、結局は「現に目の前にいる被害者、患者に対してどのように対処するのか」という問いについて回答の姿勢が違うのだと言えよう。代替医療の側は、目の前の患者に対して「エビデンスはなくても何でもやってみよう」であり、正統医療は「それでは医学の進歩はない。結局は社会的に多くの損失を被ることになる」というわけだ。

プラシーボ効果で治ってはいけませんか?

また、現代医療(正統医療)の側からは、二重盲検法などの実証的な検討が必要だと主張する根拠として、プラシーボ効果を排除しなければならないからだという。しかし、プラシーボ効果でない「本当の」効果がどうしてそんなに重要視されなければならないのかという問いは、あまりに当たり前すぎるためなのか、論議になることが少ない。患者からみれば、プラシーボ効果だろうが「本当の」効果だろうが、治れば何でも良いのである。私のアマリールの例も同じだ。

現代医療は、プラシーボによる効果は医学の進歩に役立たない。プラシーボで治らない病気(治る確率は非常に小さい)の治療開発の妨げになる、と主張し、代替医療の側は、Dr.ワイルの考えだが、プラシーボ効果こそが医学の本質であり、治癒の本質である。理想的な治療法は、できる限り侵襲性の小さい治療を行なって、そこから最大のプラシーボ効果を引き出すことにある。プラシーボ効果を排除するのではなく、もっと頻繁に起こさせるにはどうすべきかを医学の基礎にするべきだと主張する。(つづく)


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